島根県立隠岐高校 隅田璃南さん

将来は世界で活躍する舞台女優になりたい
しまね留学で自分のアイデンティティを確立した隅田璃南さん

自然豊かな島根県の離島・隠岐島には、例年多くの観光客が癒しを求め訪れます。島内にある高校、同県立隠岐高校(同県隠岐の島町)に名古屋市から訪れた隅田璃南(りな)さん(令和元年度卒業)は、自然に対する憧れから、同校への進学を決めました。吹奏楽部の活動を通じて地域の様々な行事に参加すると同時に、海外への強い関心から英語部にも所属。高校3年時には「第36回全国商業高等学校英語スピーチコンテスト」に出場し、最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞しています。現在は日本大学芸術学部に通いながら、女優を志しているという隅田さん。高校魅力化コーディネーター(※1)の若林寿子さんと一緒に、高校3年間を振り返ってもらいました。

 

※1 学校と地域をつなぐ存在として、生徒募集活動や生徒の地域活動の支援、また探究学習のサポートなどを担っている。2020年5月時点で、県内に50人程度配置されている。

自然の中で暮らすことへの強い憧れがあった

――どういうきっかけで隠岐高校に進学されようと思ったのでしょうか。

隅田璃南さん(以下、隅田さん):小学生の頃から、「自然の中で暮らしたい」と漠然と考えていました。今思えば、都会の生活に息苦しさを感じていたのだと思います。中学の途中から島留学をしようと考え、中学2年生の時に鹿児島県の口永良部島に留学する予定でした。しかし、台風で飛行機が飛べなかったり島の火山が噴火したりといったこともあり、留学の話が立ち消えになってしまいました。それでも島留学への思いを諦めきれず、高校進学時に隠岐高校を受検しました。

――実際に隠岐の島に来てみていかがでしたか。

隅田さん:「念願の夢が叶った」という思いでした。受検の時に初めて訪れたのですが、山や海がきれいなのはもちろん、隠岐の空気のきれいさに本当に感動しました。

――入学後から寮に入って生活されました。不安はありませんでしたか。

隅田さん:自分から話しかけることができないタイプでしたので、誰も知り合いがいないところで友達ができるか、という不安はありました。幸い、入学してから声をかけてくれる子がいたので、不安はすぐになくなりました。島の方々には歓迎していただけましたし、心配もしていただけて、すぐに溶け込むことができたと思います。

若林寿子さん(以下、若林さん):隅田さんには、隠岐の島の地域行事「隠岐の島ウルトラマラソン」の前夜祭で初めて会いました。隅田さんは1年生で、6月でしたね。最初は「静かな子だな」と思っていたのですが、前夜祭で「私、歌います!」と一人で歌を歌い出して。この時の様子が今でも目に焼き付いています。以降も、地域の行事には積極的に参加する生徒でした。

――どのように地域に関わっていたのでしょうか。

若林さん:地域のお祭りに参加して歌を披露する機会が多かったです。隠岐の民謡を習い、それを歌ったこともあります。すごい反響でした。

隅田さん:中学生の時から舞台への憧れがあり、隠岐高校以外に名古屋の舞台芸術を学べる高校への入学も考えていました。ミュージカルも大好きで、ディズニーの映画「アナと雪の女王」の主題歌を一人で歌って練習していました。島で歌を歌える機会があれば、絶対にやりたいという思いがありましたね。


――島の方との交流から得られたものはありましたか。

隅田さん:物事の視野が広がったと思います。2年生の時に家族も隠岐に引っ越してきて、家族と一緒に暮らすようになりました。私の住んでいた隠岐の島地域は、Iターンの方が多かったんです。「東京出身でオーストラリアに留学後、隠岐に来た」「三重出身で隠岐の木でいろいろな物を作っている」など、皆さんの多様な人生に大きな刺激を受けました。

3年間で将来に向けての経験を重ね演劇について学び続ける

――高校3年間では、どのようなことに取り組んでいたのでしょうか。

隅田さん:部活動は、吹奏楽部と写真部に1年生の頃から所属していました。吹奏楽部では地元の行事に参加する機会も多かったです。3年生からは、吹奏楽部を辞めて英語部に入りました。

若林さん:夏祭りなどの地域行事で「吹奏楽部が出てくれないか」という問い合わせを受けるのですが、楽器をあまり校外に出せないという制約があります。そんな時は、隅田さんが歌を披露することもありました。地域の保育園や福祉施設の方などを招いて開催する「ふれあいコンサート」という吹奏楽部の行事では、部員が舞台の上で踊ることがあります。こういった舞台でオーラをまとい、輝きを放つ生徒でした。

――隅田さんはしまね留学のポスターのモデルにもなっています。

若林さん:舞台の上に立つと、いきいきする生徒でした。しまね留学の写真のモデルを探しているという話があったときに、「隅田さんしかいない」と思い、真っ先に紹介しました。モデルとして写真に撮られている時の様子を見て、この生徒の活躍の場は校内におさまらないと確信しました。




隅田さん:他にも若林さんから様々なイベントの紹介がありましたが、「全部やりたい」という思いで引き受けていました。

――3年時に吹奏楽部から英語部に移ったきっかけは何だったのでしょうか。

隅田さん:3年生になって将来のことを具体的に考えた時に、海外で演劇を学びたいと考えたからです。英語は得意ではなかったので、日常で英語に触れる機会を増やすべく英語部に入りました。

――高校3年生の時には、全国商業高等学校英語スピーチコンテストで最優秀賞・文部科学大臣賞を受賞しています。

隅田さん:スピーチコンテストでは、フィリピンにボランティアに行った時のことを話しました。

――現在では大学で演劇を学ばれているそうですね。

隅田さん:日本大学芸術学部演劇学科で演技について学んでいます。現在は東京で演劇漬けの毎日で、この前は初舞台にも立ちました。家族は私が高校を卒業したあとも隠岐に住み続けていて、今や隠岐が実家と言えます。新型コロナウイルス感染症の影響で一度も帰省できていませんが、落ち着いたら帰りたいです。

自分にしかない演技を形作った隠岐での3年間

――隠岐での3年間を振り返ってどう思いますか。

隅田さん:「自分がどんな人物か」について客観的に見ることができ、自分のアイデンティティを確立できたのではないかと思います。大学の授業や演劇活動の際に、先生や友達から「自分から島に行ったりフィリピンに行ったりしている経験が演劇、表現に活かされている」と言われ、成長を実感しています。

――隠岐の豊かな自然が自分に与えた影響についてはどう思われますか?

隅田さん:高校2年生か3年生の時、「人間も自然の一部なんだな」と思うようになりました。人間自体を俯瞰できるようになったのかもしれません。

若林さん:隠岐高校では3年次の授業で「隠岐ジオパーク探究(※2)」というものがあります。砂浜を綺麗にする取組を進めていましたが、「なんで海をきれいにしないといけないのかわからない」という地元の生徒がいたんです。その発言に隅田さんが珍しく怒ったのを覚えています。
※2 隠岐の魅力や課題を学び、チームで課題解決に取り組む授業。


隅田さん:今では大人げなかったと反省していますが、「こんなにきれいな海が地元にあるのに、なぜきれいにしようと思わないのかがわからない」と怒ってしまったんです。

若林さん:でも、隅田さんにしか言えないセリフなんです。地元の生徒だとなかなかその価値には気付けません。「地元の生徒を相手によくぞ言ってくれた」と隅田さんには感謝しています。取組も無事成功し、良かったと思います。

――将来はこのまま演劇の道に進まれるのでしょうか。

隅田さん:舞台女優として世界に羽ばたきたいという夢は変わらずあります。ただ、自然の中で生活したいという思いも変わりません。演劇をやり続けるからには、やはり都会にいないといけません。今はまだ東京で演劇を学んでいる身ですが、将来的に都会にいることに対する葛藤がきっと出てくると思います。このことについては、これからも考え続けていきたいと思います。

 

学校情報

島根県立隠岐高等学校

 

〒685-0006
島根県 隠岐郡隠岐の島町 有木尼寺原1番地
TEL : 08512-2-1181

 

学校詳細 : https://shimane-ryugaku.jp/oki-hs/