島根県立大田高校 大野颯馬さん

地域の人たちとともに大田市を盛り上げたい
積極的な行動で地域に刺激を与えた大野颯馬さん

世界遺産・石見銀山で知られる島根県大田市には、2021年に創立100周年を迎える同県立大田高校があります。同校では、在校生と地域住民が一緒になり、地域の課題に取り組む場が設けられています。同校を卒業した大野颯馬さん(令和2年度卒業)は、地域住民に積極的に働きかけながら、地域課題の解決に取り組みました。2020年度まで同校の教育魅力化コーディネーター(※1)を務めた森下真穂さんとともに、高校生活について振り返ります。

※1 学校と地域をつなぐ存在として、生徒募集活動や生徒の地域活動の支援、また探究学習のサポートなどを担っている。2020年5月時点で、県内に50人程度配置されている。

コーディネーターとの出会いで多様な考え方を認められるようになった

――大野さんは大田市内の中学から大田高校へと進学されました。どんな中学生だったのでしょうか。

大野颯馬さん(以下、大野さん):かつては自分の価値観を周りに押し付けてしまうところがありました。自分だけではなく、他人にも厳しくしてしまっていたんです。例えば、宿題をやってこない生徒に対して、つい批判的な態度をとってしまうことも。曲がったことが嫌いでしたね。でも、コーディネーターの森下さんとの出会いが、変わるきっかけとなりました。

――森下さんと出会ったことが、なぜ変わるきっかけとなったのでしょうか。

大野さん:高校2年生の時、出身中学校に大田高校の学校紹介に行く機会がありました。その際に、森下さんとの打ち合わせがあったんです。大田高校についてどう思うか話していたら、いつの間にか3時間ぐらい経っていました。当時、学校の授業のあり方について変えたいと思っていたのですが、森下さんは自分の考えを理解してくださいました。いろいろな考え方を認められるようになる、きっかけとなりました。

森下真穂さん(以下、森下さん):大野さんのことは1年生の時から知っていて、気になる存在ではありました。おそらく、いろいろな思いを持っているのだろうなと思っていました。打ち合わせでは意見が次から次へと出て、すごくおもしろいなと感じましたね。

学校の授業改革を目指し続けた

――大野さんは2年生の時に生徒会長も務められています。どういったことに取り組んでいたのでしょうか。

大野さん:大田高校では生徒会長に立候補するのが1年生の冬で、2年生の間だけ務めるという制度になっています。生徒会長だった2年生の途中までは、各行事で発生する仕事をこなしていくだけといった感じでした。

森下さん:毎年9月に「大高祭」という文化祭と体育祭が一緒になった行事があります。生徒会長のメインの仕事は大高祭の運営ぐらいで、以降はあまり仕事がなかったんです。大高祭の準備の過程で、大野さんのなかで「自分でも学校を変えられる」という思いが生まれたようですね。しかし、大高祭が終わった時には生徒会長としての仕事が終わってしまったのです。

――何かを変えようと生徒会長になったわけではなく、生徒会長としての職責を果たす過程で考え方が変わっていったわけですね。

森下さん:大高祭が終わった後、授業の進め方をはじめ、学校を生徒の手で変えていこうと、1年生を巻き込んで話し合う会を開いていました。次の生徒会長にも声をかけて、生徒会としてもっといい変化を起こそうとしたようです。その会がとても良い場だったことを覚えています。


森下さん:その他にも、大野さんは学校のルールや先生の価値観といった部分にどんどんぶつかっていきました。もちろん壁は厚く、悩みながらも何度も立ち上がっていました。

――変えられた部分はあったのでしょうか。

大野さん:なかなか難しいところでしたね。生徒という一方的な立場で意見を言っているので、先生方からすれば納得できない部分もあると思います。授業の中で変えられないかと思い、3年生の途中ぐらいまで授業中にたくさん発言したり、質問したりしていました。

森下さん:壁にぶつかりながらも、「この方向じゃダメだ」と途中で気づいたんですね。最初は「なんでこうなんですか」と不満をぶつける形でしたが、次第に授業中に受け止め合える空気をどう作ったら良いのか、コミュニケーションをどう取っていけば良いのかと考えながら取り組むようになっていました。方法を変えることで、自然に仲間が増えていきましたね。

自分を見つめ直すため課外活動に積極的に参加

――在学中にしまね留学の生徒と関わり合う機会はありましたか。

大野さん:島根県のマイプロ(※2)のスタートアップ合宿という課外活動で他校の県外生と交流する機会がありました。授業を変えようという思いを持っていたので、出会った人にどんな授業を受けているのかを聞いていました。
※2 全国高校生マイプロジェクトアワード。全国の高校生が自らの課題について探究学習した成果を発表する。全国各地域、都道府県で発表の場が設けられており、全国Summitで最優秀プロジェクトに選ばれた高校生には文部科学大臣賞が贈られる。

森下さん:大野さんはマイプロに参加して、自ら他校の高校生と繋がりました。実は2年の春に私から大野さんに声を掛けたのがきっかけで、マイプロに関わるようになりました。強い問題意識を持っている生徒にこそ参加してほしいと思い、誘ったんです。

大野さん:当時は課外活動に対する抵抗もありましたが、進路で大学の具体的な志望理由が書けず、自分を見つめ直していた時期でもありました。「もっといろいろな人と話をしなければならない」と考えていましたし、自分が今まで感じたことがない世界なので、「これは行くしかない」と思いました。

――マイプロに参加して、世界が広がった部分はありましたか。

大野さん:マイプロの合宿に参加し、最終日に自分のプロジェクトを発表する場がありました。大田高校からは他にも何人か参加していましたが、グループが違ったので、それぞれの活動を聞けていませんでした。森下さんの提案で、みんなの取組を聞き合う場を作りました。そのことがきっかけで、「ダイコウラボ」という地域の課題について話し合う取組が始まりました。

――ダイコウラボについてもう少し詳しく教えてください。

森下さん:ダイコウラボは、地域の課題について自由に学べる場として始まりました。大田市の高校生や大人たちが集まり、地域で「やってみたい」「解決したい」という思いを形にしたり、テーマを設けて話し合ったりします。

大野さん:大田高校内で放課後に開かれる取組で、地域の知らない大人の方々と関われる良い場所だなと思いました。学校の中の非日常のような雰囲気が好きで、ずっと放課後に通っていました。

――ダイコウラボではどんな取組をしていたのでしょうか。

大野さん:自分が学校や地域社会に対してどのように考えているかなどを、大人の方々と議論していました。時には「幸せとは何か」など、言葉の定義について意見を交わすこともありました。大田高校の卒業生が参加してくださることも多く、視野の広がりを感じていました。

森下さん:大野さんはすごい行動力を持っています。私が地域の企業の方と打ち合わせをすることがあったら手を挙げてくれて、一緒に行くこともありました。

将来は大田市の現状を変えていきたい

――大野さんはダイコウラボにどのような影響を与えましたか。

森下さん:大野さんはダイコウラボ1期生です。「ダイコウラボをどういう場所にしていくか」という取組が多かったと思います。後輩や地域の大人たちに与えた影響は大きいです。高校生や地域の大人というそれぞれの立場から、「これ以上のことはできない」と自分で線引きしてしまう人が少なくありませんが、こうした壁を壊したのが大野さんでした。

大野さん:生徒会長の時にやりきれなかった思いをダイコウラボにぶつけていたのかもしれません。

森下さん:地域の大人たちが大野さんに圧倒されているんですよね。大人たちが大野さんに感化されて、「自分たちは何ができるか」と考えるようになっている。地域の大人に対してエネルギーを伝えていたと思います。ダイコウラボの最近の一つの成果としては、大田市の企業と大田高校がコラボして商品開発をした例があります。

――将来はどのような道に進もうと考えていますか。

大野さん:大学で、地域創造や人間育成といった分野を学べる学部に進みたいと考えています。具体的にどんな職業に就きたいかまではイメージできていないのですが、大学で学びながら見つけていきたいと考えています。

――最後に、故郷である大田市への思いを教えてください。

大野さん:地元に魅力を感じようとしても、「自分たちの地域には何もない」と思っている人が多く、自分もそう思っていましたが、知らない人同士でも挨拶するような地域社会の人の温かさは貴重な財産だと思っています。地域の人材を生かし、現状を変えていけるような人物になりたいです。

 

学校情報

島根県立大田高等学校

 

〒694-0064
島根県大田市大田町大田イ568
TEL : 0854-82-0750

 

学校詳細 : https://shimane-ryugaku.jp/ohda-hs/